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東京地方裁判所 平成9年(行ウ)38号 判決

原告

村上清一

外一四名

右一五名訴訟代理人弁護士

日置雅晴

藤本齊

泉澤章

小島延夫

清水恵一郎

澤藤統一郎

右一五名訴訟復代理人弁護士

加納小百合

被告

東京都知事

青島幸男

右指定代理人

小林紀歳

外二名

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告が平成八年一一月二〇日付けで株式会社東京ドームに対してした別紙二事業目録一記載の都市計画事業の認可処分を取り消す。

2  被告が同月二一日付けで株式会社東京ドームに対してした同目録二記載の都市計画事業の認可処分を取り消す。

二  被告

(本案前の答弁)

主文第一項同旨

(本案の答弁)

原告らの請求をいずれも棄却する。

第二  事案の概要

本件は、被告が都市計画法(以下「法」という。)五九条四項に基づき株式会社東京ドームに対してした、東京都市計画公園「後楽園公園」(以下、単に「後楽園公園」という。)に係る別紙二事業目録一、二記載の各都市計画事業(以下「本件各事業」という。)の認可処分(以下「本件各認可処分」という。)について、後楽園公園の周辺住民等である原告らが、本件各認可処分の違法性を主張してその取消しを求めている事案である。

一  前提となる事実

(以下の事実のうち、証拠を掲記したもの以外は、当事者間に争いがない事実である。)

1  後楽園公園の沿革等

(一) 昭和一七年四月二一日、内務省告示第二一三号により、後楽園公園の前身である「礫川公園」が東京都市計画公園として決定された。その後、数回の都市計画の変更後、建設大臣は、昭和三二年一二月二一日、それまでの東京都市計画公園のすべてを廃止し、同日付け建設省告示第一六八九号により、名称「後楽園公園」、位置「文京区小石川一丁目、小石川二丁目、春日町一丁目及び春日町二丁目各地内(現在の表示、文京区後楽一丁目、春日一丁目及び春日二丁目各地内)」、地積「27.17ヘクタール」とする都市計画公園の都市計画決定をした。さらに、被告は、昭和四五年八月七日、右の後楽園公園の区域の一部(文京区春日一丁目地内)を削除して、その旨告示し、これにより後楽園公園の地積は22.1ヘクタールとなり、現在に至っている。

(二) 後楽園公園の区域のうち7.08ヘクタールは都立小石川後楽園、二ヘクタールは区立公園及び区立運動場として整備されているが、後楽園公園の区域には民有地が多く含まれており、本件各事業の事業地は株式会社東京ドームが所有している。

2  第一期特許事業

被告は、昭和五九年一〇月一三日、株式会社後楽園スタジアム(現、株式会社東京ドーム)に対し、後楽園公園の一部(面積8.4ヘクタール)について、法五九条四項による都市計画事業(以下「特許事業」という場合がある。)として、屋根付球場(いわゆる東京ドーム)の建設を主たる事業とする、東京都市計画公園第五・五・一一号後楽園公園事業(以下「第一期特許事業」という。)を認可し、平成四年六月三〇日、その竣工を認定した。

3  後楽園公園の整備方針の決定等

被告は、平成八年七月二三日、特許事業により都市計画公園の整備・維持管理を行う場合の取扱方針として、「東京都都市計画公園等整備事業における都市計画法第五九条第四項の取扱方針について」(以下「都取扱方針」という。)を決定し、さらに、同年八月一日、右特許事業に係る整備基準として、「東京都都市計画公園等整備事業における都市計画法第五九条第四項の整備基準」(以下「都整備基準」という。)を決定した。そして、被告は、都取扱方針及び都整備基準に基づき、同月二七日、「都市計画後楽園公園整備方針」を決定し、後楽園公園の整備方針、事業手法、管理方針等を定めた。

4  本件各事業の認可申請等

(一) 株式会社東京ドームは、平成八年九月五日、被告に対し、法五九条四項に基づき、本件各事業の認可を申請した。

(二) 本件各事業のうち、別紙二事業目録一記載の事業(以下「第二期特許事業」という。)は、その事業地内に地下三階、地上四三階の宿泊施設(仮称「東京ドームホテル」)や管理施設等を建設することなどを内容とするものであり、別紙二事業目録二記載の事業(以下「再整備事業」という。)は、第一期特許事業区域内の一部において、第二期特許事業区域と一体的な公園利用が可能となるよう、既に整備した広場等に連結するブリッジや修景庭園などを整備するとともに、地下駐車場、ごみ保管処理室等を整備することを内容とするものである(甲一、乙一二、一三、一八、一九の1、2)。

5  本件各認可処分

被告は、平成八年一一月二〇日、株式会社東京ドームに対し、法五九条四項に基づき第二期特許事業を認可し、その旨告示した。さらに、被告は、同月二一日、同社に対し、同条項に基づき再整備事業を認可し、その旨告示した。

二  本件各認可処分の違法性に関する原告らの主張の要旨

1  本件各事業は、事業面積一万七九三〇平方メートルの敷地内に建築面積二九四八平方メートル、地上四三階、地下三階、高さ一五五メートルの高層ホテル及び建築面積六〇〇平方メートル、地上一六階、地下三階の管理棟を建設することを中心とする第二期特許事業と、昭和五九年より事業が行われてきた東京ドームを中心とする第一期特許事業の継続を認める再整備事業から成るものである。

2  本件各事業は、以下のとおり、後楽園公園を都市公園として整備することを不可能ならしめ、また、関係法規に抵触するものであるから、これを特許事業として認可した本件各認可処分は、法に違反する違法な処分というべきである。

(一) 法六一条により、特許事業の認可については、事業の内容が都市計画に適合していることが要件とされている。本件各事業の事業地は、都市計画公園区域として決定され、本来、都市公園として整備されることが予定されている場所であり、右事業地における公園整備事業の認可は、当該事業が都市公園法及び同法施行令(以下「都市公園法令」という。)に準拠した都市計画に適合する内容のものであることが要件となる。

また、公園施設は災害時における避難場所としての機能を持っており、公園施設に係る都市計画については、災害対策基本法及びこれに基づいて制定された東京都震災予防条例(昭和四六年条例第一二一号。以下「震災予防条例」という。)等の防災法上の規制が及ぶものである。

かかる観点から、東京都における都市計画公園に係る特許事業の取扱方針等について定めた都取扱方針及び都整備基準においては、民間事業者による都市計画公園の整備が都市公園法令及び災害対策基本法等の防災法上の規制に適合する形で行われるよう規定が設けられているところである。

しかるに、本件各事業は、都市計画公園の整備とは名ばかりで、その内実は「高層の後楽園ホテルの建設」以外のなにものでもなく、都整備基準で定められた建築面積基準や緑化基準を満たしておらず、また、震災予防条例に基づき広域避難場所として指定された後楽園公園の避難場所としての機能を損なうものである。

本件各事業は、法五九条四項に基づく特許事業の認可の基準として東京都が自ら定めた都取扱方針及び都整備基準に明らかに違反するものであり、同条項に基づく認可の対象とはなり得ないことは明らかである。

(二) 法一三条一項は、当該都市において公害防止計画が定められているときは、都市計画は、当該公害防止計画に適合したものでなければならないと規定している。東京都においては、公害対策基本法(昭和四二年法律第一三二号)に基づき東京地域公害防止計画が定められており(環境基本法の創設により、公害対策基本法の内容はこれに継承され、環境基本法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成五年法律九二号。以下「整備法」という。)一条により同法は廃止された。そして、整備法三条に公害防止計画に関する経過措置が定められ、整備法の施行前に公害対策基本法一九条二項の規定により内閣総理大臣の承認を受けた公害防止計画は、環境基本法一七条三項の規定により内閣総理大臣の承認を受けた公害防止計画とみなすこととされた。)、都市計画の内容は当然これに従う必要がある。

東京地域公害防止計画は、東京都において、二酸化窒素に係る環境基準が達成されていない状況を受けて、今後の公害防止策として、窒素酸化物の固定発生源、移動発生源のそれぞれについて削減策を定めているところ、本件各事業は、本来緑地として大気の浄化にも役立つ都市公園の設置を放棄し、高層ホテルというそれ自体窒素酸化物の固定発生源となる施設をそこに設置することにより、二酸化窒素の発生量を増大させるものであり、それとともに、そこに自動車で来る多数の利用者によって公園であれば発生しない新たな自動車交通を生み出し移動発生源からの二酸化窒素の発生量も増大させるものである。

二酸化窒素に係る環境基準が達成されていない状況において、一層の環境悪化を招来する本件各事業は、東京地域公害防止計画に適合しないものというべきであり、かかる事業は法五九条四項に基づく認可の対象とはなり得ないものである。

(三) 第一期特許事業で建設された東京ドームは、自転車競技法上の「競輪施設」としての認定を受けており、競輪場として利用することが可能とされている。また、第二期特許事業区域には入っていないが、後楽園公園の区域に含まれる既存のビルには場外馬券売場が設置されている。

このようなギャンブル施設は都市公園とは相容れない施設であるが、本件各事業は、このような状態を将来的にも許容することになるものであり、かかる事業を都市計画公園における都市計画事業として認可することは、都市計画そのものを否定するものであって、法の解釈としては到底認められず、本件各事業を都市計画事業として認可した本件各認可処分には、重大な裁量違反があるというべきである。

(四) さらに、高さ一五五メートルの高層建築を、小石川後楽園の隣に建設することとなる本件各事業は、貴重な文化財たる小石川後楽園庭園の景観に著しい悪影響を与えることも明らかであり、都市計画事業といいながら、後楽園公園の最大の価値である小石川後楽園庭園の価値を大幅に損なうものであって、この面においても都市計画事業に値しないものであり、これを都市計画事業として認可した本件各処分には大幅な裁量違反があるというべきである。

三  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の主たる争点は、原告らが本件各認可処分の取消しを求める原告適格を有するか否かであり、この点に関する当事者の主張は次のとおりである。

なお、被告は、右二記載の本件各認可処分の違法性に関する原告らの主張についてもこれを争っている。

(被告の主張)

1 行政事件訴訟における原告適格について

行政事件訴訟法九条によれば、行政庁の処分の取消しの訴えは、処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限って認められているところ、右にいう「法律上の利益を有する者」とは、当該行政処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうものである。また、右の「法律上の利益」とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であって、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果、たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである。そして、法律上保護された利益と反射的利益との区別については、当該行政法規の保護目的、すなわち、当該法規が、個人的利益の保護を目的としているか、あるいは、他の目的、特に、公益の保護を目的としているかによって区別されるべきものである。

2 本件各認可処分について

(一) 法五九条四項に定める都市計画事業の認可による効果として、当該事業地内に居住し、又はその事業地内に不動産に関する権利を有する者の権利に制限が加えられる(同法六五条、六七条、六九条等)こととなっているが、原告らは、本件各認可処分に係る事業地内に居住している者ではなく、また、右事業地内に不動産に関する権利を有する者でもないから、本件各認可処分によって何ら法上の不利益を受ける地位にはない。

(二) 法六一条、一三条一項柱書、同項六号の規定によれば、法は、都市環境保全、公害防止等を目的として、都市施設に係る都市計画の内容に規制を加えていると解されるが、これらの規定は、その文言自体が極めて一般的・抽象的であって、具体的な基準を明示しておらず、このような規定に基づく規制によって事業地周辺の住民が享受する利益は具体性に欠け、一般的な環境利益の域を出るものではないこと、及び法一条が定める法の目的からしても、法が個人の個別的法益保護を目的とする趣旨を含むものとは読み取り難いことなどからすると、前記各規定を根拠として、周辺住民の個別具体的な環境利益の保護を目的として、都市施設に係る都市計画事業の認可権限に制約が課されていると解することは困難である。

(三) 原告らは、本件各認可処分により、後楽園公園が都市公園として実現できなくなり、著しい都市環境の悪化を甘受させられること、貴重な文化財たる小石川後楽園の景観等に著しい悪影響を及ぼすことになることなどを主張する。

しかしながら、原告らの右主張は、一般的抽象的な法益侵害をいうものにすぎず、原告らが本件各認可処分の取消しを求めるにつき、原告らに原告適格が認められるための個別的かつ具体的に保護されるべき法益の主張とはいえない。

(四) また、原告らは、被告が、震災予防条例により避難場所に指定されている区域に含まれる土地を事業地として本件各認可処分をしたことにより、右事業地を避難場所として利用できる利益を失ったと主張するが、右条例の各規定は、避難場所の指定に関して、これを都民一般に対する公共の利益の確保としてとらえているものであって、個々の都民ないし近隣住民に対し、個別的、具体的な権利利益を付与し、これを保護しているものとは解することはできない上、右の避難場所を利用できる利益は、それが、地震の発生という不確定の事態にかかわるものであることを併せ考慮すれば、個人の法的な利益であるということはできないものというべきである。

(五) さらに、原告らは、本件各認可処分により環境基本法により保護された環境的利益がさらに阻害されるおそれがあり、右利益は法律上の利益に当たると主張するようであるが、環境基本法は、環境の保全に関する基本理念を定めるとともに、環境の保全に関し、国、地方公共団体、事業者等の責務を明らかにするほか、環境の保全に関する施策の基本事項を定め、これらの施策を総合的かつ計画的に推進することを目的として制定されたものであって、個々の国民に対して具体的権利利益を付与したものではないから、環境基本法に基づき、権利又は法律上の利益を主張し得るものではない。

3 以上のとおり、本件各事業の事業地の周辺住民等にすぎない原告らは、本件各認可処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有せず、右の取消しの訴えを提起する原告適格を有しないものというべきである。

(原告らの主張)

1 都市の住民は、自らの不動産について都市計画制限に服させられる以上、その周辺地域の都市計画施設等の設置や実現に関して違法な処分がなされた場合には、それを争うことは、まさに自らの法律上の利益であるというべきであり、したがって、原則的に、都市の住民には自らに影響を及ぼす範囲の都市計画上の処分については、これを争う資格があるというべきである。

原告らは、いずれも本件各事業の事業地から徒歩で数分から十数分の範囲に居住しており、右事業地が都市公園となった場合には、公園として頻繁に利用することができる地域に居住しており、本件各認可処分により影響を受ける立場にあるから、本件各認可処分の取消しを求める原告適格を有するものというべきである。

2 仮に右1記載の主張が認められないとしても、以下のとおり、原告らは、本件各認可処分によって、法により個別具体的な利益として保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれがあるのであるから、本件各認可処分の取消しを求める原告適格を有するものというべきである。

(一) 本件各事業の認可について、都市公園法令及び災害対策基本法等の防災法上の規制が及ぶことは、前記二2(一)記載のとおりであるが、都市公園法令においては、施設の制限規定(都市公園法施行令八条四項、五条等)、建設面積制限規定(同施行令八条一項等)など利用者及び周辺住民のために都市環境の保全と保護を図ったものといえる制限規定が存在している。

また、広域避難場所となっている都市計画公園において、避難場所としての機能を損なうような事業に対し法五九条四項に基づく認可がされた場合には、その避難場所を直接利用することが予定されている住民は災害時において、その生命、身体が危険にさらされるおそれがあるのであるから、そのことを理由として、違法な認可処分の取消しを求める法律上の利益を有するものというべきである。

しかして、原告らは、高層ホテルの建設を主たる内容とする本件各事業により、後楽園公園について公園としての利用を妨げられるのみならず、排気ガスや騒音等による更なる環境悪化の被害を受け、かつ、震災予防条例に基づき広域避難場所として指定された後楽園公園の避難場所としての機能が損なわれることによって、災害時における生命、身体の安全を侵害される危険性が極めて高いのであるから、原告らは、本件各認可処分の取消しを求める法律上の利益を有するものというべきである。

(二) また、環境基準は、人の健康を保護し、及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準として環境基本法に基づき定められているものであるが、(同法一六条一項)、原告らは、現時点において、環境基準を越える二酸化窒素にさらされており、本件各事業が実施され、大気汚染が更に悪化すれば、本件各事業の事業地の周辺に居住している原告らは、健康被害を被るおそれが高い。

環境基準は、原告ら個人の生命身体という法的利益を守るための具体的な基準として存在しているものであり、この環境基準の確保を目的としている東京地域公害防止計画に適合しない本件各事業に対し被告が行った本件各認可処分については、原告らはその取消しを求める法律上の利益を有するものというべきである。

第三  当裁判所の判断

一 行政庁の処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができるものであるが(行政事件訴訟法九条)、右の「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうものである。右の法律上保護された利益とは、当該処分の根拠となった行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている個別的、具体的利益をいうものであり、当該処分の根拠となった行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである(最高裁平成元年(行ツ)第一三〇号同四年九月二二日第三小法廷判決・民集四六巻六号五七一頁、最高裁平成六年(行ツ)第一八九号同九年一月二八日第三小法廷判決、民集五一巻一号二五〇頁参照)。

二  そこで、右の見地に立って、本件各認可処分の取消しを求める本件訴えについて、原告らが原告適格を有するか否かについて検討する。

1  法において、都市計画事業とは、法の定めるところにより法五九条の規定による認可又は承認を受けて行われる都市計画施設の整備に関する事業及び市街地開発事業をいうものであり(法四条一五項)、国の機関、都道府県及び市町村以外の者は、事業の施行に関して行政機関の免許、許可、認可等の処分を必要とする場合においてこれらの処分を受けているとき、その他特別な事情がある場合においては、都道府県知事の認可を受けて、都市計画事業を施行することができるものである(法五九条四項)。

都道府県知事は、法五九条四項に基づく認可の申請があった場合においては、申請手続が法令に違反せず、かつ、申請に係る事業が、①事業の内容が都市計画に適合し、かつ、事業期間が適切であること、②事業の施行に関して行政機関の免許、許可、認可等の処分を必要とする場合においては、これらの処分があったこと又はこれらの処分がされることが確実であることという要件に該当するときは、その認可をすることができるものである(法六一条)。

都道府県知事は、都市計画事業の認可をしたときは、遅滞なく、建設省令で定めるところにより、施行者の名称、都市計画事業の種類、事業施行期間及び事業地を告示しなければならず(法六二条一項)、右の告示があった後においては、当該事業地内において、都市計画事業の施行の障害となるおそれがある土地の形質の変更、建築物の建築等を行う場合には都道府県知事の許可が必要となる(法六五条一項)。また、都市計画事業については、これを土地収用法三条各号の一に規定する事業に該当するものとみなし、同法の規定が適用されるが(法六九条)、都市計画事業については、土地収用法二〇条の規定による事業の認定を行わずに、法五九条の規定による認可又は承認をもってこれに代えるものとし、都市計画事業の認可等の告示をもって、土地収用法二六条一項の規定による事業の認定の告示とみなすものとされているので(法七〇条一項)、法五九条四項の特許事業の認可を受けた者は、これにより事業地内の土地についてこれを収用し、又は使用し得る地位を取得することになる。さらに、都市計画事業の施行者には、事業地内の土地建物等について先買権が与えられ(法六七条)、他方、事業地内の土地で収用の手続が保留されているものの所有者は、施行者に対する当該土地の買取請求権が与えられる(法六八条)。

2 右1記載のとおり、都道府県知事により法五九条四項に基づく都市計画事業の認可があった場合には、当該事業地内の不動産について権利を有する者は、当該事業のために収用等を受けざるを得ない法的地位におかれることになるから、当該認可処分により自己の権利を侵害される者として、その処分の取り消しを求めるにつき法律上の利益を有することは明らかであるが、本件各事業の事業地は、株式会社東京ドームが所有しているものであり、原告らが右事業地内の不動産について何らかの権利を有するとの主張・立証はないから、本件各認可処分に関し、その事業地内の不動産について権利を有することを理由として、原告らに原告適格を認める余地はない。

3  原告らは、都市の住民には、自らに影響を及ぼす範囲の都市計画上の処分については、原則として、これを争う資格がある旨主張し、これを前提として、原告らには本件各認可処分の取消しを求める原告適格がある旨主張する。

しかしながら、以下のとおり、原告らの右主張は、その前提を誤るものであり、採用することができない。

すなわち、法は、都市計画の内容及びその決定手続、都市計画制限、都市計画事業その他都市計画に関し必要な事項を定めることにより、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的として制定されたものであり(法一条)、都市計画は、農林漁業との健全な調和を図りつつ、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと並びにこのためには適正な制限のもとに土地の合理的な利用が図られるべきことを基本理念として定めるものとするとされている(法二条)。このような法の目的及び都市計画の基本理念に照らせば、法及びこれに基づく都市計画の主眼が、個々人の個別的な利益を保護することではなく、都市の健全な発展と秩序ある整備を図るという一般的公益を実現することにあることは明らかである。法の各規定を通覧してみても、法が、都市計画に係る行政庁の処分によって法的効果を受けるか否かにかかわらず、当該処分により事実上の影響を受ける者について、その個別的利益を一般的に保護の対象としていると解することはできない。

前記一で説示した見地からみた場合、都市の住民には、自らに影響を及ぼす範囲の都市計画上の処分について、原則として、これを争う資格がある旨の原告らの主張は、失当というほかなく、これを前提として、原告らには本件各認可処分の取消しを求める原告適格があるとする原告らの前記主張は採用することができない。

4  さらに、原告らは、本件各認可処分によって、法により個別具体的な利益として保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれがあるから、原告らは本件各認可処分の取消しを求める原告適格を有する旨主張する。

しかしながら、原告らの右主張は採用することができない。その理由は次のとおりである。

(一) 前記一で説示したとおり、行政処分の取消しの訴えの原告適格を基礎づける法律上保護された利益とは、当該処分の根拠となった行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている個別的、具体的利益をいうものである。原告らは、原告らが法律上保護された利益を有する根拠として、都市公園法令、災害対策基本法、震災予防条例、環境基本法等を引用しているが、本件各認可処分は、右の各法令を直接の根拠法規としてされたものではなく、法五九条以下の都市計画事業の認可に係る規定を根拠法規としてされたものである。したがって、原告らが本件各認可処分の取消しを求める原告適格を有するか否かは、本件各認可処分の根拠となった法五九条以下の都市計画事業の認可に係る規定が、原告らの個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していると解されるか否かによって決せられるべきものである。

(二) この観点から法五九条以下の都市計画事業の認可に係る規定をみてみれば、都市計画事業の認可等の基準を定める法六一条が、当該事業の内容が都市計画に適合していること(同条一号)を都市計画事業の認可等の要件としていることが問題となる。すなわち、法は、都市計画の基準として、当該都市について公害防止計画が定められているときは、都市計画は、当該公害防止計画に適合したものでなければならないと規定し(法一三条一項柱書)、さらに、都市施設は、土地利用、交通等の現状及び将来の見通しを勘案して、適切な規模で必要な位置に配置することにより、円滑な都市活動を確保し、良好な都市環境を保持するように定めることとされていること(同項六号)からすると、法は、都市施設に係る都市計画事業の認可権限の行使について、都市環境の保全や公害防止等を目的として制約を課しているものと解される。

(三) しかしながら、都市計画の基準に関する右の各規定は、その規定内容が一般的、抽象的なものであり、具体的な基準を明示するものではないのであって、このような規定に基づく規制によって事業地周辺の住民が享受する利益は、具体性に欠け、一般的環境利益の域を出るものではないというべきである。加えて、前記3で説示したとおり、法及びこれに基づく都市計画の主眼が、個々人の個別的な利益を保護することではなく、都市の健全な発展と秩序ある整備を図るという一般的公益を実現することにあることを勘案すれば、法六一条一号が当該事業の内容が都市計画に適合していることを都市計画事業の認可等の要件としていること等から、法が、一般的公益とは別に、周辺住民の個別具体的な環境利益の保護を目的として、都市施設に係る都市計画事業の認可権限の行使に制約を課しているものと解することはできない。

(四) また、一般的に、公園等の公共空地は災害時における避難場所としての機能を有しており、法六一条一号、一三条一項六号の規定の趣旨からすれば、公園等の公共空地に係る都市計画事業の認可においても、避難場所としての機能の確保等の防災上の考慮をすべきことが要請されているものと解されるが、右規定に法五九条以下の都市計画事業の認可に係る規定を併せて検討してみても、法が、公園等の公共空地を災害時において避難場所として利用することになる者の個別的な利益を保護する目的で、都市計画事業の認可権限について制約を課していると解すべき合理的な根拠は存しない。

(五) なお、法六二条二項は、市町村長は、一定の期間、都市計画事業の認可等に係る図書の写しを当該市町村の事務所において公衆の縦覧に供しなければならない旨規定し、法六六条は、都市計画事業の施行者は、自己が施行する都市計画事業の概要について、事業地及びその附近地の住民に説明し、これらの者から意見を聴取する等の措置を講ずることにより、事業の施行についてこれらの者の協力が得られるよう努めなければならない旨規定しているが、これらの規定は、都市計画事業についての透明性の確保や都市計画事業の円滑な施行を図るという観点から設けられたものであり、これらの規定を根拠として、法が、事業地の周辺住民等の個別的な利益を保護する目的で、都市計画事業の認可権限の行使に制約を課していると解することはできない。

(六)  その他、法五九条以下の都市計画事業の認可に係る規定を子細に検討しても、都市の健全な発展と秩序ある整備を図るという一般的な公益とは別に、事業地の周辺住民等の個別的な利益を保護する目的で、都市計画事業の認可権限の行使に制約を課していると解すべき合理的な根拠は見当たらない。

三 以上によれば、原告らは、本件各認可処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有しないものというべきであるから、原告らは、本件各認可処分の取消しを求める原告適格を欠くものというべきである。

第四  結論

以上の次第で、本件訴えは、いずれも不適法な訴えであるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・青栁馨、裁判官・増田稔、裁判官・篠田賢治)

別紙事業目録〈省略〉

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